本当の“体験”の意味とは


幼児期・児童期・学童期からの様々な習い事が流行りだして、随分時が経ちました。

 習い事をさせる親は「様々な体験をする機会を与えて、我が子の可能性広げたい」と口にする方が多い様に感じます。 しかし本当に、そうでしょうか?

 私が気になる点の一つ目が、習い事は、基本的に大人から教わっているという点です。学習塾などは、勿論、少年サッカーやスイミング等にしても、必ず大人のコーチがいて、大人から学んでいるということです。

 繰り返しお伝えしてきましたが、児童期・学童期は「仲間との遊び」の中で、やがて社会人になった時に絶対に必要とされる“主体性・意欲・諦めない気持ち”“気持ちの共感性”“対話力”が育つ重要な時期です!

 佐々木先生は、この様に言われました。

今の親たちは、小さなうちから子どもに複数の習い事や塾通いをさせることが多いですね。

 それは「様々な体験から多くのことを学んでほしい」という、子どものことを思いやる親心からでしょう。

 しかし、習い事や塾の体験は、はたして「体験」と呼べるものなのでしょうか。

 私は「体験」とは、「自分がしたい事を、充実した気持ちですること」だと考えます。そして、それが感性や判断力、想像力などいろいろなものを自分で感じ取る力となるのです。

 私の子ども時代は、戦中戦後の厳しい時代を生きるのに精一杯でした。親たちは皆、家族を食べさせる、寝る場所を確保することができるよう、がむしゃらに働いていたのです。子どもはある意味でほったらかしにされていました。しかし、今から考えると、それが子どもの育ちを強くして、プラスに働いていたのだと思います。

 私たちは毎日学校が終わると、川へ釣りに行ったり、木に登ったり、自分がしたいことを思いきりして、毎日満ち足りた気持ちで遊んで過ごしていました。親たちから教えられることもほとんどありませんでした。

 しかし、だからこそ私たちの世代の多くは、物事に対して自分で向き合い、考えて行動し、ひいてはそれが人生の導きとなったのです。

 習い事や塾に通う時間より、“友達と遊ぶ時間”や時には“ぼうっとして夢想する時間”が、子どもの育ちには良いことを、祖父母たちが自分の体験を通して語ってあげてほしいと思います。

 子ども時代には、遊園地に行くとか、山へキャンプに行くとかいう大きなイベントよりも、日々の生活の中でのちょっとした感動や喜びの積み重ねが重要です。

いかがでしょう?勿論、習い事の全てを否定するつもりはありませんが、間違いなく言えることは、習い事をしている時間の分、やがて必要とされる大切な力が育つ為の「仲間との遊びの時間」が削られている!ということです。

 つまり、「仲間との遊びの時間」を削られた分だけ、それらの大切な力が育たないまま大人になっていく可能性が大きくなるということです。

 二つ目の気になる点は、佐々木先生から20数年間、耳にタコが出来る程、言われ続けてきた、カウンセリングの鉄則です。

『どんなに親が子の将来を思っていたとしても、習い事が  過剰期になると、子どもの親から受けるイメージは拒否

!』だということです。

 なぜなら“今のあなたでは満足できない”と言っているのと同じことだからです。 「英語が得意でないあなたでは、父さん母さんは、満足出来ない」「サッカーが下手なあなたでは受け入れられない。」

 そんな風に、“ありのままの自分では受け入れてもらえない”と感じた子が、自分に自信を持つことができるはずもありません。

 つまり一番大切で、一番最初の発達課題“基本的信頼感・自己肯定感”を、親の過剰期待が、その程度に応じて、子どもから奪い取ってしまうのです。

 私事になりますが、我が子3人、どの子も習い事らしきことはほぼしてきませんでした。それでも、今では、どの子も音楽やアート、スポーツなどを、仲間と豊かに関わって楽しんでいます。大きくなった我が子を見ていて、つくづく思うことは、佐々木先生が口癖の様に言われていた言葉です。

 「親は、自分の子どもが何かがよく出来ることを期待し、それを喜びにして生きるのではなく、“子どもの今を幸せにする喜び”に生きがいを見いだしながら生きましょう。」

 正にこれに尽きる様に感じています。

 この様な子育てが出来れば、子どもは生き生きと人と豊かに関わって、幸せに生きていける・・・そう実感しています。            

      山田昇



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